すべての旅も終わり、そして新しい旅へ
2008.10.15
瀋陽での滞在はたった1日。試合終了後にすぐに大連へ移動。しかしこの瀋陽でもトラブルが待っていた。
この日の朝、ウォーミングアップ・ミュージックの入り中(電話をつないでのレポート)打ち合わせた時間通りに電話がこない。こちらから連絡するも全くだめ。しかもメールもインターネットも全くストップ。手を打っているうちに時間が過ぎる。
それから1時間後に復旧したのか、元通りに回線が繋がるように。メールや着信記録が、一気に送られてくる。
原因は一体なんだろう。おそらく…こんな風に考えてみた。
それは日朝協議。実はちょうどホテルの近くで拉致問題の日朝協議が行われていた。瀋陽はそれほど都会ではない場所。日本から多くの記者が来ているようで、回線の数も限られているのかも。つまり、規制されていたのではと考えた。
実は瀋陽での滞在は24時間もなく。つまりオランダ戦を取材してからすぐに、瀋陽を出て500キロ南の大連に移動しなければで。そして、翌朝、飛行機で日本へという強行軍。しかし、ちょっと面白い出会いがあった。
チェックアウトをする際、私に話しかける2人がいた。年の頃は15、16歳の女の子。彼女は英語で「サッカー見に行くんですか?」と話しかけてきた。彼女たちの話を聞くと、サッカーを見たいんだけど、チケットはどこに売っているのか?今日、見られるのか?いくらなのか?と。
私はチケットはもう完売しているだろうから、誰かから買わなくちゃいけないと伝えた。値段の交渉もしなくてはならないよと。2人は明らかに躊躇していたが、「とりあえず、行って見ます」と一緒にスタジアムに向かう事に。
会場まではタクシー。年長者の私が代金を出すことに。お礼に彼女達が観光案内してくれた。「あれが瀋陽で一番豪華なホテルなの」そこにはFIFAの旗があった。そして「あれが中国北部で一番高いタワー。ここに瀋陽の人たちの誇りだわ」と教えてくれました。ついでに通訳も。タクシーの運転手が私を指さしながら、なにやら言ってくると。
私は「運転手さんは何て言っているの」と聞くと「この人はものすごい荷物を持っているけど、スタジアムに何しにいくんだ?」すると彼女は「彼は記者だから、これだけの荷物が必要らしいよ」と運転手に説明してくた。ほぼ正解。
さて、彼女たちが日本を応援したいという事らしい。私は天津でかなりのブーイングを経験した。それなのに何故、彼女は日本を応援するのか?
彼女たちに聞いてみると、顔を赤らめながら、教えてくれた。
知り合いに日本人の同じ世代の男の子がいて、「その子がとてもかっこいいから応援するんだ」と。乙女心は万国共通のようだ。
さて、お話しは一気に飛ぶ。
中国から帰国して、3週間後。再び、私は海外に旅立った。そこは日本から11時間。時差6時間。砂漠の町 クウェート。皆さん、ご存知のようにACL アルカディシア戦取材のため。0泊3日の弾丸ツアー。実質、1日も滞在。さきほども登場した瀋陽くらい。正直、記憶は試合以外、ほとんどなく。疲労が残った。
でも印象的だったのは砂嵐。街中が砂だらけ。昼間でも砂でぼやけている。この環境で生きているクウェートの人たちは逞しい。さらに国土自体狭い、狭いということは隣の国と仲良くしなければない。その意味では、中東のなかでは温和な国民性なことも納得いく。
でもこの国は一度、イラクに侵攻された。シンボルであるクウェートタワーは標的にされた。私、ここに上ったが、メチャメチャにされたレストランの様子などが写真で紹介されていた。
感慨深げに写真を眺めていたその時、「ガチャガチャ。ガチャガチャ」と音が。ドアノブの音。いくらやっても開かない様子。なかから、ドアを叩く音が聞こえる。
なんだか知らないが、めちゃくちゃ怖い。
しかし、好奇心が湧いてくる。怖いが、扉に触れてみる。たてつけが悪いようで、押しても引いても開かない。だんだん恐怖心もなくなり、意地でも開けたくなってきた。そして格闘する事、5分。ようやく開く。するとなかから、身長190センチの男性。K-1ファイターのような大男が現れた。そのK-1ファイターはよほど困っていたらしく、私の顔を見るなり、「サンキュー! サンキュー!」を連発。
まさに「アラジンと魔法のランプ」の世界、佐藤亮太ふうにいうと、「佐藤亮太とK-1ファイターみたいな人」になるのだろうか。
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