角界はそんなに酷いのか
2008.05.28
琴欧州の初優勝で沸いた夏場所。後半は満員御礼が相次いだ。千秋楽に北の湖理事長の元を訪れて感想を伺うと、「土俵がとても熱かった。熱戦続きをファンの方が支持してくれたのではないか」と嬉しそうだった。久しぶりに見る理事長の笑顔だった。
しかし、翌日のスポーツ新聞は『朝青龍白鵬ケンカ』と見出しを付け、結びの一番で睨み合ったふたりが主役になっていた。確かに、朝青龍が引き落としで白鵬を破った後にダメ押しと見える動作をし、それについて白鵬が顔色を変えたのだが、別に『喧嘩』でも何でもなく、集中すればするほど勝負が終わったときは感情が出るものだ。
大関に優勝をさらわれた11勝4敗の両横綱にとっては、今場所は責任を果たしていないわけだし、どこかに感情を吐き出したかったのではないだろうか。殴り合ったわけでもない。『一面』で大騒ぎするほどの出来事なのだろうか。
テレビも翌日に先輩の竜虎さんを引っ張り出し、また会友の名アナウンサーのコメントを並べて大事件にしてしまった。場所中には「中華柄杓で叩き八針」「竹刀で暴力」などと相変わらずの報道ぶりだ。何故、そのような事態に陥ったのか? 原因分析はゼロだ。行き過ぎれば一大事だ。決して暴力を「愛の鞭」だなんて言うつもりはないが、何から何まで『非暴力』を正義としていないだろうか。
教育現場の「先生の体罰」に声高に向かうエセ正義と同じと見てしまうのは間違っているだろうか。このムードが突き進むと、自分の子供に手を挙げただけで『児童虐待』になってしまうのでないだろうか。自らの経験から言えば、親父に拳固を奮われ、中学時代は鈴木先生に頭をガツンとやられ、社会でも散々痛めつけられたが、それを暴力だと思ったこともない。思い当たる節があるからだ。
まあ『愛の鞭』とも思わなかった。だって、感情的なのがよく解ったから。
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