リーダー不在の哀しさ
2010.05.17

大きな組織や、日常の生活の中でも感じるのは、強い意志で引っ張ってゆくリーダーが消えてしまったことだ。例えば、連日に渡り報道される『普天間問題』などが顕著だ。鳩山由紀夫総理のリーダーシップの欠如と伝えられる。『小沢問題』も然りだ。小沢一郎幹事長の剛腕が伝えられる。

しかし、報道されるように、総理は本当にリーダーシップが決定的に欠如して人物なのだろうか。幹事長は真に『恐怖政治』の権化なのだろうか。よく解らない。どうもある一部分をデフォルメして報道されているように感じてしまう。

総理が報道されているような人物なら、とうに見放されているはずだ。世紀の政権交代を成し遂げた政党なら、そうするだろう。幹事長も、本当に『龍馬伝の容堂公』のような人物だったら、中堅クラスの大臣たちは怖くてものも言えないはずだが、そこいら中で批判している。どうも不思議だ。本当のところは、二人とも政界のリーダーではないというところに行き着く。

『政治とカネ』だけの話でない。日本を「どう導くか」という信念が見えてこない。これは私たちの周囲でも同じだ。集団を率いるリーダーは、方針を明瞭に示し、揺らがないことだ。信念がなければ、どんなに自らを正当化しても付け焼き刃だ。さらに仲間たちから疑われたらお終いだ。相手と情実などあったら言語道断だ。

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