南アW杯最終準備とモチベーション
2010.05.28
岡田監督率いるサッカー日本代表がキャンプ地スイスに到着し、最終調整に入った。月曜(5/24)の韓国戦で弱点をさらけ出した日本代表だが、初出場の仏大会後、これほど低い評価で大会を迎えるのは初めてでだろう。
過去もいろいろ酷評されたが、仏大会は初出場だったし、ジョホールバルの奇跡の滑り込みもあったから、ある程度の許容があった。また、次は日韓共催のホスト国だったので、代表はもとより、国民全体の盛り上がりは筆舌を超えていた。独は、寸前のドイツとの親善試合の中味が素晴らしかったので、その後の悲劇まで明るい展望があった。
しかし、今回は日を追って悪くなる一方の日本代表に、メディアの絶望的展望が並び、どうもいけない。それに加えて、Jリーグでは名門東京ヴェルディの経営不振や、我が街のサポーターの度を超した熱情が追い打ちをかけるように、ニュースとなって並ぶ。日本サッカーは曲がり角に差しかかったかもしれない。いやーな空気になっている。
そもそも、スポーツ観戦とは、どういう意味があるのだろうか。私は『非日常』の空間だと思っている。プロ野球なら眩しいほどの緑の芝と赤いアンツーカー、ナイトゲームなら輝く照明の中に浮かぶ白球だろう。少年時代に通い続けた後楽園球場は『子供の夢の舞台』だった。大人になったら、夏は生ビールがお供になってくれた。相撲なら、あの鬢つけ油の香りと吊り屋根に下がる四本の房は『非日常』の極致だ。相撲焼き鳥を頬張りながら、四分間の仕切りを待つ。国技館でしか味わえない。贔屓の勝敗もさることながら、あの球場と土俵に酔うのである。
サッカーだって同じはずだ。埼玉スタジアムの雰囲気は歴史ある欧州のスタジアムと比べても見劣りしない。一度生で観戦したら、また行きたくなるのだ。でも、その魅力がネガティブな事で失われてゆくのは哀しい。『ブーイング』が『怒号』になり、『批判』が『中傷』になる。もはや、それが『日常』になった。『悪貨は良貨を駆逐する』ことを、日本サッカー界は止められるのだろうか。