被災地を取材して
2011.09.12

金曜(9/9)から、盛岡を拠点にして、宮古、田老、釜石、大槌町を駈け歩いた。宮城県の気仙沼や東松島は度々ニュースで取り上げられているが、岩手の被災地の状況は、日を追って伝えられなくなった。「風化させていけない」というのが正直な想いだった。

そして被災地に立ち、最初の感想は、まさに『百聞は一見にしかず』だった。宮古駅周辺も津波の被害にあったそうだが、半年が経過し、その爪痕は無くなっていた。だが、三陸鉄道北リアス線に乗車し、開通している田老駅に降り立つと、そこは三陸の海に向かって「何もない」風景が続いていた。津波が全てを押し流してしまったのだ。

さらに、大槌町は目を覆うばかりだった。海岸から250mほどの町役場が辛うじて姿を留めているだけで、街そのものが無いのだ。釜石市内の風景とは違う。釜石は建物の骨組みなどが残っていたのだが、大槌は違う。街の全てが基礎部分だけになっていたのだ。

もし、自分がこの街に居住していたら、この光景に茫然自失とするだろう。「どこから、どのように手を付けたらいいのだろうか」と、立ち尽すだけではないだろうか…と思う。

しかし、どの街でも共通しているのは、「立ち止まっているだけでは何も始まらない」という被災地の人々の話だった。盛岡で直木賞作家の高橋克彦さん、宮古では三陸鉄道の望月社長、釜石では海宝漬け『中村屋』の嶋村料理長とジャズカフェ『タウンホール』の今野克人さんに話を聴いた。日々、報道されている『絶望』の言葉は無かった。

何故、彼らは、あの状況の中で「前に進もう」としているのか。9月24日土曜日の昼下がり。NACK5は『震災半年、特別番組』として録音構成でお送りする。是非、お聴き下さい。

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