瀬戸内の旅 その
尾道闊歩
2011.11.02

琴平から今治へ移動した3日目。ときどき海岸線が見える特急『しおかぜ』の乗り心地はなかなかのものだった。今回の『フルムーンパス』は、JR乗り放題のうえ、グリーン車もOKという特典付きなものだから、我々のように前期高齢者寸前の夫婦にはありがたい。

さて、タオルの街今治から尾道へは『しまなみ海道』をバスで動く。こちらはフルムーンの範囲外であることを付け加えたい。空は晴れ、来島海峡を通過するころは瀬戸内海がキラキラと光る。それにしても、日本の技術力は凄い。この島々を結んでしまうのだから。もう『瀬戸の花嫁』は車移動となるだろうと、妙なことを思いながら、路線バス乗り換えの因島大橋で降り、路線バス尾道行きで二つの橋を渡り尾道に到着。今治から2時間あまりだった。

大林宣彦監督や小津安二郎監督、さらに志賀直哉や林芙美子たち文豪が好んだ町が尾道だ。ただ単に坂道が多いだけだったら、日本中至る所にあるだろう。何故、彼らが尾道に惹かれたのか。放浪記の林芙美子さんや映画監督の大林宣彦さんにとっては「故郷」だからよく解る。だが、他の人々にとって、尾道の魅力とは何か?それは、創造力を刺激する『石畳の路地』と眼前に臨む『瀬戸内海』の融合なのではないだろうか。

車が通れない、自転車も漕ぐのはキツイ狭い路地を歩く。昔々、瀬戸内が日本の海道であった頃、富を得た豪商たちは文化を保護したのだろう。映画のロケ地として度々遣われる土壌が町にある。『映画博物館』は1時間いても足りないぐらいだ。千光寺へのロープウェイから臨む連なる寺々の瓦の波、いまは造船の町となった尾道水道と尾道大橋の集中構図のような風景、何処もかしこも『映像』なのだ。華やかさはないのだが、全てが贅沢な小さな町なのだ。

そして、歩いていて見つけた12代横綱『陣幕』の墓。負けない横綱という知識は有ったが、実際の略歴までは知らなかった。幕末から明治維新のかけて活躍し、その後、相撲にまつわる碑を建立した島根出身の力士であることを知った。その相撲人生の始まりが尾道だったという。相撲も江戸時代の『文化』だったと考えれば、尾道と陣幕が結びつく。光明寺という寺に墓がある。

ただ、夜の訪れは早い。商店街は6時頃で軒並み閉まってしまう。赤い提灯が下がる『尾道ラーメン』と『てっぱんの尾道焼き』『海鮮料理の居酒屋と寿司屋』がポツンポツンとあるだけだ。昼の賑わいとは違って寂しい地方都市の現実がある。

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